「吹奏楽」は軍隊から平和な人々の元へ

ナビ部アラカルト

2016/09/04

そもそも♪吹奏楽 その3

吹奏楽は古代エジプトに生まれ、古代ローマを経て、オスマン・トルコで「軍隊の音楽」として発達した。

トルコの軍楽隊の脅威

somosomo01

オスマン・トルコは13世紀から20世紀まで続く長い国だったが、軍隊はズルナ(管楽器)とダウル(打楽器)による軍楽隊を伴っていた。これを「メへテルハーネ」その音楽を「メフテル」と言う。

戦闘の時にメへテルハーネは、けたたましく巨大な音を立てた。

ヨーロッパの十字軍の兵士たちは、メへテルハーネの立てる恐ろしい音におののき、戦意を喪失した。

トルコの町並み

吹奏楽とはずいぶん違うトルコのメフテル

ただしその音楽は、今の吹奏楽とはずいぶん違っていた。

今もオスマン楽団は存在し、メフテルを演奏しているが、打楽器による強烈なリズムと単調だがインパクトのあるメロディの繰り返しは、人々を鼓舞する。

向田邦子という有名な脚本家が書いた「阿修羅のごとく」というテレビドラマでは、メフテルの名作「ジェッディン・デデン(CEDDİN DEDEN祖父も父も)」が挿入曲に使われ。強い印象を残した。

トルコのオスマン楽団

次第に十字軍も軍楽隊を持つようになり、軍隊を鼓舞するような音楽を演奏するようになる。

しかしその音楽は、メフテルとはずいぶん異なるものだった。ヨーロッパではキリスト教音楽が発展し、トルコの音楽とは異なる独自の楽器や演奏法、楽曲が生まれていた。

ヨーロッパの軍楽隊は、キリスト教音楽を取り入れて発達していった。

当時、バイオリンの原型となった弦楽器や鍵盤楽器も発達していたが、軍楽隊で演奏するには不向きなため、取り入れられなかった。今の吹奏楽の原型は、こういう形で固まった。

 

16世紀には軍楽隊は、「戦争の一部」となり、軍隊には必ず「軍楽隊」が必要だとされた。

この時期以降の戦争は、両軍の軍楽隊が華々しく音楽を演奏する中で行われた。

 

イギリスの軍楽隊

当時の戦争は、物陰に隠れて銃で撃ち合うようなものではなく、軍隊は隊列を組んで行進し、先頭の部隊が、相手にめがけて発砲するような形だった。運悪く弾が当たって兵士が倒れると、後ろの兵士がそのあとを埋める。

軍隊は戦死者、負傷者を残したまま行進を続ける。「軍楽隊」も部隊の一部となって、行進した。だから、演奏者もたくさん戦死した。

戦術の中には、相手の士気を衰えさせるために、「軍楽隊」を狙えと書いたものさえある。

戦争が終わると「軍楽隊」の兵士たちは、故郷に帰り、軍隊で覚えた音楽を演奏した。

こういう形で吹奏楽は、人々の間に広まっていった。

カーニバル、結婚式などのお祝い、ときには葬式などで、人々は太鼓や金管楽器、木管楽器を持ちだして、吹奏楽を演奏した。

 

軍隊から始まった吹奏楽は、近世には庶民の楽しみへと変わっていったのだ。

 

 

カーニバル

Crick

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