「黒船」が日本にもたらした「吹奏楽」

ナビ部アラカルト

2016/09/06

そもそも♪吹奏楽 その5

日本で最初に「吹奏楽」を聞いたのは、1853年、神奈川県、浦賀の人々だったはずだ。(写真は浦賀のペリー像)

ペリーがもたらした吹奏楽

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日本の暦で言う6月3日、浦賀に入港したペリー率いるアメリカの艦隊は、6月9日、江戸幕府の了承を得ると久里浜に上陸、隊列を組むと、軍楽隊の演奏とともに浦賀奉行との会見場所まで行進したのだ。

このとき軍楽隊は2つあったと言われる。演奏した曲はアメリカ国歌「星条旗」。

軍楽隊は、このあとも各地で演奏をしている。

ペリー上陸記念碑

日本の西洋音楽の始まりは、軍楽隊がもたらした「吹奏楽」

江戸幕府、各藩は西洋の軍制を取り入れる上で、「軍楽隊」も一緒に取り入れた。

西洋の楽器も輸入された。

日本の西洋音楽の始まりは、軍楽隊がもたらした「吹奏楽」だったのだ。

1867年、江戸幕府が崩壊した戊辰戦争の時は、薩摩、長州などの倒幕軍(新政府軍)は、東海道を江戸へと攻め上がるときに、

 宮さん宮さんお馬の前にヒラヒラするのは何じやいな
トコトンヤレ、トンヤレナ
あれは朝敵征伐せよとの錦の御旗じや知らないか
トコトンヤレ、トンヤレナ

というトンヤレ節を演奏した。これは日本の笛を吹き、日本的な旋律ではあったが、太鼓を鳴らし、行進しながらの演奏だったので、日本最初のマーチングだったと言えなくもない。

明治に入って、イギリス海軍の軍楽隊長ジョン・ウィリアム・フェントンが、旧薩摩藩の藩士に吹奏楽の手ほどきをした。横浜市中区山手の妙香寺には「日本吹奏楽発祥の地」の石碑が残っている。

 

日本吹奏楽発祥の地

明治になると陸軍、海軍に軍楽隊が創設された。日本の軍楽隊は、国民に音楽を通じて軍隊の必要性を知らせる役割もあったので、全国各地に赴いて演奏をした。

こうした軍楽隊の演奏に影響を受けて、笛、ラッパ、太鼓などで音楽を演奏しながら町を練り歩く「広目屋」という商売ができた。のちの「チンドン屋」である。

また民間のバンドも数多く生まれた。百貨店が専属の音楽隊をもつようにもなった。三越や阪急百貨店などの少年音楽隊は、戦後まで活躍した。

吹奏楽は、高価な楽器を使うため、学校への普及は進まなかった。しかし昭和に入って良質で値段も安い国産楽器が生産され、学校でも吹奏楽が学ばれるようになった。

1935年には、東京と名古屋で吹奏楽コンクールが始まり、1940年には「全国吹奏楽コンクール」が始まった。

 

横須賀に保存された日本海軍の戦艦「三笠」

戦前、日本で生まれた吹奏楽の名曲は、軍隊に関するものが多いが以下のようなものがある。

・日の丸行進曲

・軍艦マーチ

・戦友

・愛国行進曲

・お山の杉の子

・愛馬行進曲

・抜刀隊

 

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