日本の吹奏楽人口、ただいま120万人。世界最大級の広がりに

ナビ部アラカルト

2016/09/07

そもそも♪吹奏楽 その6

ペリーの黒船とともにやってきた日本の吹奏楽は、軍隊の軍楽隊として発展したが、市民の間にも広く受け入れられるようになった。

しかし1945年、第二次世界大戦、太平洋戦争の終結とともに、本の軍隊は解体され軍楽隊はなくなる。

「軍艦マーチ」のような戦前の吹奏楽の曲は、演奏されなくなる。

でも、吹奏楽はなくならなかった。戦地から帰ってきた軍楽隊員は、警察や自衛隊、消防庁などの音楽隊に職を求め、演奏活動を始めた。

日本は1953年まで連合軍、実質的にはアメリカ軍に占領されたが、この占領軍の文化としてジャズなど新しい音楽が日本に普及した。

アメリカ軍基地にはクラブが設けられ、バンドマンが演奏をした。その中に日本人の姿も見られるようになった。

戦後の日本は、ジャズやロックなどアメリカの音楽が爆発的に広がっていくが、それとともにアメリカ流の吹奏楽も広がっていった。

1950年代半ばにテレビの本放送が始まると音楽番組は人気コンテンツになった。

このときに、歌手の後ろで演奏したバンドの多くは、管楽器と打楽器がメインの吹奏楽団だった。

バイオリンやピアノなどを加えた編成のバンドがテレビで演奏するのは、10年以上後になってからだ。

戦後日本のポピュラー音楽は、吹奏楽がリードしたのだ。

 

また、学校教育にもアメリカ流の吹奏楽が取り入れられる。中学、高校には「吹奏楽部」が作られるようになる。

経済的に貧しかった時代は、太鼓、リコーダーなどの編成の部もあったが、高度経済成長期を経て、中学、高校でも本格的な管楽器がそろえられるようになる。

 

 

日本は明治維新以降、楽器の製造もおこなっていたが、そのトップ企業である日本楽器は、戦後、世界的な楽器メーカーとなる。「YAMAHA」は、世界の楽器ブランドとなった。

また価格も比較的安くなり、中学、高校の吹奏楽部でも、楽器を購入できるようになった。

 

また日本人の作曲家が次々と吹奏楽の名曲を作った。

 

全日本吹奏楽連盟は1939年に創立されたが、2010年の加盟団体数は14295団体。

小学校1125、中学7188、高校3792。

高校の吹奏楽部は、高校野球の予選参加校数とほとんど変わらない。

 

日本の吹奏楽人口は120万人と言われ、世界屈指の「吹奏楽大国」になっている。

 

様々なコンクールへの出演、学園祭やコンサートでの演奏、地域イベントへの出演、高校野球などスポーツの応援、さらにはプロの音楽家との共演など、高校吹奏楽部の活動は広がっている。

海外での講演活動も珍しくはない。

 

吹奏楽は、戦後、平和な日本で豊かな音楽シーンを生み出し続けてきた。吹奏楽は、上級者も、初心者も、プロもアマチュアも楽しむことができる。

そして今日も、高校生の奏でるメロディが、全国各地で響いているのだ。

 

Crick

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