原田まりるさんは、元アイドルで風男塾でも人気がありましたが、本名や経歴なども気になりますね。
そこで今回は、原田まりるさんの本名や高校大学はどこなのか、そして、元アイドルで風男塾を辞めた理由は何だったのか調査しました。
原田まりるのプロフィール
- 名前:原田まりる
- 別名義:流原 蓮次(風男塾)
- 本名:原田まり
- 生年月日:1985年2月12日
- 年齢:37歳
- 出身地:京都府
- 身長:168cm
- 血液型:AB型
- スリーサイズ:86-58-86
- 好きなアーティスト:尾崎豊
原田まりるさんは、本名を「原田まり」さんといいます。
男装アイドルグループの風男塾に加入していた時は、「流原 蓮次」の別名義で活動していました。
原田まりるの出身高校・大学や経歴は?
高校時代
原田まりるさんの出身高校は、大谷高校です。
大谷高校は、京都市東山区にある私立の中高一貫校で、学校法人真宗大谷学園が経営しています。
原田さんは、高校1年生の時に近所の本屋で、たまたま哲学者の中島義道氏の本を手に取ったことから、とても感銘を受け、哲学にのめり込んだそうです。
『哲学書には普段私が考えたり、悩んだりしていることをさらに深堀りした問いが載っていて、読めば自分の考えが整理できるんだ』と気づき、一気に哲学にのめり込みました。
引用元:リクナビNEXTジャーナル
大学時代
高校卒業後は、京都女子大学に進学し、ジェンダー論と哲学を専攻しますが、後に中退しています。
原田さんは、周りと合わせられない自分は、一般企業ではきっと働けないだろうと思っていたようで、好きな哲学の分野で研究者になれればという思いだったという。
しかし、マンガ『頭文字D』にハマってから自動車に興味を持つようになり、ある日モーターショーを見に行ったら、芸能事務所の人に『レースクイーンにならないか』とスカウトされたという。
そして、チャレンジすることに!
そしてA級ライセンスを取得し、2005年には「レースクイーンオブザイヤー」に選ばれたそうです。
アイドル時代
2008年11月には、アイドルユニット・中野風女シスターズに加入します。
そして2009年には、「流原蓮次」として風男塾に加入し、それぞれでCDデビューを飾っています。
しかし、2013年7月に、甲状腺疾患による体調不良で風男塾の全国ツアーを離脱しています。
さらに、9月の新曲イベントを以て風男塾を卒業しています。
その後、『私の体を鞭打つ言葉』を出版し、作家、コラムニスト、哲学ナビゲーターとして活動を開始します。
2016年には、2作目『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』を出版し、「第五回みんなで選ぶ京都本大賞」を受賞するなど、順調に文筆活動が進んでいるようです。
原田まりるが風男塾を辞めた理由は
原田さんはその後体調を崩し、かかった病院から処方された薬が合わなかったことがきっかけで、長期間の入院生活を送ることになってしまったそうです。
そしてその間に、仕事にも学業にも復帰できなくなってしまい、ずっと寝たきり状態が続いたことから、大学も所属事務所も辞めることになったそうです。
原田まりるの本名まとめ
今回は、原田まりるさんの本名や高校大学はどこなのか、そして、元アイドルで風男塾を辞めた理由は何だったのか調査しました。
原田まりるさんの本名は「原田まり」さんといい、京都府生まれの37歳。
大谷高校から、京都女子大学に進学し、ジェンダー論と哲学を専攻します。
芸能事務所からレースクイーンとしてスカウトされ、2005年度の「レースクイーンオブザイヤー」でグランプリを受賞します。
体調不良などから、寝たきりになり、大学や事務所を辞めてしまします。
その後、作家、コラムニスト、哲学ナビゲーターとして活動を開始し、作家としての活動が順調に進んでいるようです。